• 『モノクローム+スローシャッターの世界~空気感を写す~』マイケル・ケンナ写真展 (2018年12月1日~2019年1月27日)

    日本にもゆかりが深い(と後で知った)マイケル・ケンナと言う人の写真展を、例によって東京都シルバーデーで無料で見に。東京都写真美術館の写真展は前衛的なものが多く、難解なことが多いが、この人の写真は風景(日本の風景や或いは世界の有名な場所の写真など)とヌードが中心で、奥底に潜むものが何かと言うことを除けば、素人目にも分かりやすい。 さて、自身も語っているが、結構スローシャッターのものが多い。 例えば、モニュメントバレーの写真。構図的に言えば、ポストカードの世界と言えなくもない。しかし、計算し尽くされた世界が見て取れる。モニュメントバレーは基本動かない。一方雲は動く。動けばそれは軌跡になる。モニュメントバレーは僅かに陰影を動かすのみで、そのスピードは雲のそれよりも遙かに遅い。結果、背景の空をぼかすような形になって、モニュメントバレーにフォーカスがあたり、浮かび上がってくる。二つは共に、ほぼ無限大の対象にも関わらずだ。結果、ポストカード構図が芸術に昇華している。 琵琶湖にたたずむ鳥居は動かずに、雲が手前から奥へと流れている。湖面に凜と立つ鳥居がすがすがしい感じを与える。 つまり、パンフォーカスなのだけれど、ぼかしの効果の加わる写真になっている。 また風景とは別に、ポーランドの第二次世界大戦の遺構等の写真も一角を占めていた(Impossible to Forget)。 収容所の鉄条網にピントを合わせ、おぞましき舞台となった建物はぼかし効果を上げていた。煙突を持つ建物の写真も、ほぼ真四角の画角の対角線上に配置し、単なる建物のシルエットでは無い、訴求力のある写真に仕上げていた。 焼却炉を真正面からまるで静物のように仕上げた作品は度肝を抜かれた。(http://www.michaelkenna.com/store/product/impossible-to-forget/ にその原写真?がある。)この写真は、背景を上記ページのモノより明度を落として仕上げ、焼却炉を引き立てる効果を強めているように思えた。つまり現像処理をしている。 この例のように彼は、現像を含めて自身の手によると言う。この点にも興味を持った。 最後に全体を通して、「空気感を写す」ことの担い手であるという印象を強く持った。ここでも写真はモノクロームという印象を持った。 写真は1枚目はポスター。その他は筆者。

  • フィリップス・コレクション

    三菱一号館美術館にて。 フィリップス・コレクションは有名どころを少しずつ集めたって感じ。とても静かな印象。シャルダンの静物画とかまさに静謐かな。三菱一号館美とシャルダンの組み合わせはかなりいいんじゃないか? ゴッホのコレクションもあれば、ジョルジュ・ブラックのキュビスムもある。特にブラックのコレクションは素晴らしいね。あまり見ることのできないブラックの作品が見れて満足である。 環境も作品も落ち着いていてとても良い展覧会だった。

  • 『<叫び><マドンナ> 再び』ムンク展 (2018年10月27日~2019年1月20日)

    「叫び」来日を心待ちにしていた。第三水曜日、東京都美術館の65才以上無料観覧日に出かけた。若冲の時とは言わぬが、あと二回チャンスがあるにも関わらず、長蛇の列に。前回前々回の「藤田嗣治」「プーシキン」よりシルバーデー的には人気が。出遅れた感はあったが、「叫び」の部屋に急いだ。 「叫び」は、近くで見る人は列をとめないようにして前列で鑑賞、じっくり見たい人はその後ろで鑑賞という形。我々が最初見た時には、列もほとんど無く、後方でかぶりつき状態で鑑賞出来た。11時過ぎに見に行くと、やはり相当の混雑に。叫びの中では一番新しい作品か。 盗難の過程で傷つけられた作品と言うが、素人目には全く分からなかった(後に日美で見ると顔の辺りに傷があったがこれか?)。同じ場所に「絶望」もあった。何れも外との隔絶感は漂ってはいたが、叫びは未だ生命感が残っている感じで、絶望はもはや奈落の底で夾雑物としての音さえ聞こえないという風だった。 「マドンナ」は怖い絵展以来の対面。マドンナは油彩画と石版画のバージョンがある。個人的には前者の方が早いと思っている。すべて石版画のバージョンが来ている。怖い絵展の大原のものもインパクトがあるが、恐らく初期と思われるモノクロームの作品が一段とおどろおどろしかった。会場には石版のメインのモノクロームの部分を描いた石版が来ていた。これは面白いことに、「吸血鬼Ⅱ」と表裏をなしていた。英語版wikiでは、「According to Peter Day, it is a potentially vampiric figure. 」とあるが、あたっているのかも。 怖い絵展の会場で買った2018年のカレンダーの11/12月分は、大原のマドンナが採用されている。その解説にもあるが、ムンクはいわゆるムンク事件以降「狂気も消えたが芸術的才能も薄らいだ」とする説がある。 しかし、最後の写真の「星月夜」をみて、やはりいささかの狂気を感じざるを得ない。会場の観客の一人が、ゴッホの「星降る夜」を想起していた。その感じが当てはまるかどうかは別として、寄り添う二人のどこかやるせなさを互いにかばっている姿や、煌々と照らし出された夜空に漂う説明しがたい不安感は共通のモノのように感じた。 一番目の写真はパンフから、それ以外は朝日新聞の号外から。(画に線が入って光の具合もおかしいのは勘弁願いたい。)

  • 『鑑真の魂は故郷の薫風を感じ、安らぐ』東山魁夷展 (2018年10月24日~12月3日)

    東山魁夷とは、国立近代美術館の通常展以来の対面。今回は、「緑響く」の実物と「唐招提寺御影堂壁画(主にふすま絵)」を見に行ったと言っても過言では無い。 緑響くは、農業用ため池「御射鹿池」を題材にしたもの。 御射鹿池に行ったことがある。道のどん詰まりで、大型バスのUターンまで出来る観光地に今やなっている。 向こう岸に果たして悠然と(絵的には忽然と)白馬が歩くスペースがあるかどうかは怪しい(それほどに木々の緑が緑色の池に映り込む状況が素晴らしい)けれども、そして少し木々の高さが画の方が低い(たぶん現在は成長している?)けれども、画を知っていて風景に感動するという珍しい体験をした。 それくらい画はそのリアルさを表現している。白馬が魁夷の目の奥には実際に映ったのだろう。それは必然をもって、ゆっくりと歩を進めている。 会場で印象に残った作品の一つは「花明り」。「京洛四季」の一つだという。 浅学を披露することになるけれど、魁夷の作品としては「桜」は珍しいように思えた。円山公園の有名なしだれ桜を題材に取った作品のようだが、今風に言えばドローンで少し上空の視点から描いたような作品。月明かりが照らす、静寂な世界は、「緑響く」にも通ずるところが有るように思えた。それは今では、もはや魁夷の絵でしか味わえない世界かも知れない。 実は我々は開場前の列のかなり先頭に並んでいた。一目散にほかの作品には目もくれず目指したのが、唐招提寺御影堂障壁画。魁夷芸術の集大成とクレジットの付く大作。写真は実際の御影堂のモノ。実際は、概ねコーナーを守りつつ、展開した展示となっている。 最初は「濤声」が目に迫ってくる。数人の閲覧者しかいない状況で、鑑真が見ることが叶わなかった日本の海の穏やかな波頭の姿が表現され、少し悲しみも伝わってくる感じがした。 感動したのは「揚州薫風」。おそらくは暖かな風がそよぐ小雨けぶる姿なのだろう。鑑真像が中央に安置された松の間の周りに描かれたものと。鑑真像にふるさとの風景を捧げたのだろう。水墨画で描いた配慮も、鑑真への崇敬の賜か。 これら障壁画で驚いたのは、襖紙職人の腕だ。まるで襖枠が窓枠のようで、その奥に魁夷が描いた世界が広がっているようだ。破綻が全く無い。魁夷の作品はこうした職人にまた支えられているとも思った。 写真はすべて今回の展覧会パンフから。

  • 『「視神経の冒険」とは?』ピエール・ボナール展 (2018年9月26日~12月17日)

    サブタイトルは、『いざ、「視神経の冒険」へ』となっている。 目がとらえた形や色がものとして意味をなす以前の「なまの見かた」を絵にする試みを、ボナールは手帖に「絵画、つまり視神経の冒険の転写」と書きつけています。 ・・・と解説にある。 いろいろな人の説明をウエブでみても、印象派との違いが今ひとつぴんとこなかった。少しわざと焦点を外して(半ばぼーっとした状態)画角全体の雰囲気を把握させようとする絵画的表現が点描画を中心とした印象派で、ぼーっとする以前のもっと以前、つまり自動焦点装置の付いたカメラが合焦する直前の状態(視神経の第一印象?)がボナールの目指したモノなのか? いや「なまの見かた」とも言っているし・・・ 当方の能力の無さが悔やまれる。 いずれにせよ、この時代、写真という機器に写実の世界を半ば奪われた格好の絵画の世界で、写真と対峙せざるを得なかったこの頃の、それぞれの画家が得たアウフヘーベンの結果を描いた・・・そうした画家の一人なんだろうと勝手に理解した。 それにしても不思議なのは、生涯が1867-1947年と言うことは、欧州にいたのだから大人になってから二度の大戦を経験したはずなのに、戦争の影をこの展覧会では、私は感じられなかった。『1939年 戦火の迫るパリを離れ、マルトとともにル・カネに隠棲する。』と生涯を見ると記載されていた。 とはいえ、80年の生涯の中で現存するだけでも二千数百点という作品を残していることもあって、一言では捉えられないジャンルの作品を残している。その中にはミュシャを想起させるシャンパンの広告、印象派の画とも言えるような作品、本の挿絵、日本かぶれのナビと言われたそうだけれど浮世絵に触発されたような画、そしてもちろヌードなどなど、またシャガールのベラやダリのガラを想起させるマルトの存在、そして現存する作品群のなかで三割には動物が登場するという動物好き。一言では語り尽くせない人だったことが分かった。 一番印象に残ったのは、絶筆「花咲くアーモンドの木」。この絵に彼の到達点があるように思えた。この絵にあるように、南仏に居を構えたせいもあろうが、後半生の方が画が明るいと感じた。おそらくは幸福な最後だったのではないのか。 一枚目四枚目はパンフから。二枚目三枚目の写真は、wikiから。

  • ムンク展2018

    ムンク展行ってきた やっぱ叫びは見とかなくちゃね。 最前列で叫びを見るには列に並ぶ必要がある。でも立ち止まれないので2、3分で正面に着く。 様々な作品見て思ったのは、かなり印象派画家の影響受けてるなあってこと。ゴーギャンっぽいのとかセザンヌっぽいのとかゴッホっぽい画風の作品があった気がする。星月夜は幻想的で美しかったなあ。 あと太陽と水面に映る長い反射光が印象に残ってゐる。

  • オルセー美術館II

    ずっと見たかったマスターピース ルノワール ブランコ モネ 日傘の女

  • オルセー美術館

    印象派の殿堂オルセー美術館。教科書レベルの作品が揃う。印象派好きの聖地。やっと巡礼を果たせた。絵の具の凹凸一つ一つまで舐めるように見ることができる。

  • オランジュリー美術館

    オランジュリー美術館はモネの超大作である睡蓮シリーズ専用の特別室を有する。モネ好きだったら必ず訪れるべき聖地といえるだろう。モネの部屋の中心に座ってボーっとしていると、時間と空間を超越してジヴェルニーに居るように錯覚させる。他にもルノワールやセザンヌなどのマスターピースを所蔵する。

  • ウンターリンデン美術館

    ウンターリンデン美術館は13世紀のドミニコ修道女修道院を改装して作られた美術館。Île-de-France 外で最も訪問者が多く、イーゼンハイムの祭壇画が有名。コルマールで偶然見つけてフランスで4番目に訪れた美術館となった。本格的な修道院に入ったのは初めて。荘厳で静かな回廊と中庭が自然と厳粛な気持ちにさせる。