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『日本美術の講義を拝聴している気分』名作誕生-つながる日本美術 ~ 創刊記念『國華』130周年~ (2018年4月13日~5月27日)

小学校から高等学校の10年間の美術教育の中で、今どの程度日本美術に割かれてるのだろう? 自身の記憶はもう50年近くも前なので怪しいが、例えば水墨画を描いた記憶はない。学校教育のせいとは言わないが、自身の展覧会鑑賞も、その多くは西洋美術が占める。 そのような私にはまたとない、日本美術の敷居を幾分かでも下げることの出来た展覧会だった。 全体は、「第1章 祈りをつなぐ」「第2章 巨匠のつながり」「第3章 古典文学につながる」「第4章 つながるモチーフ/イメージ」の4部構成。全体が緩やかではあるが、歴史を軸にしている。その中で、ケースワークのような仕掛けを作っている。例えば第一章では普賢菩薩が取り上げられていて、普賢菩薩の祈りの姿に二大潮流(右手念じ左手蓮茎型と合掌型)があり、合掌型は後年盛んになり、やがて法華経(普賢菩薩は法華経を護持する者の仏)の女人成仏と深く結びついた形で絵画が興隆していった姿が、鑑賞を通じて得られるようになっていた。ちなみに、「仏画のお約束では、向かって右が東。普賢菩薩は東の方にある浄妙国土から現れると経典にあるので、多くの仏画では右から来たように描かれる。」(瀬谷愛:東京国立博物館主任研究員)のだそうだ。 このように、4つの章は全体で12のテーマに細分化されている。 次に私が感じ入ったのは、美術の背景としての伊勢物語。白い牡牛と裸女をテーマの絵画は、「ヨーロッパ」の語源ともなったゼウスの拐かしの行状を描いたと理解できるのは背景のギリシャ神話の知識が必要。そのような意味で、昔の日本人は「伊勢物語」の一節である八橋の下りを常識として得ていたのだろう。伊勢物語を抜きにしてはカキツバタや橋を描いた美術品を鑑賞することは叶わないのだと学習した。螺鈿の美しさも、業平の和歌に思いをはせることが出来なければ、鑑賞は達成されないと、深く恥じ入った。 長谷川等伯の国宝「松林図屏風」へ至る道もテーマに設定されていた。この作品が、習作であった可能性にも驚くと共に、確かに小さな和紙の組み合わせも合わせて確認できた。ここでは、こうした歴史的追求を習うと、改めて中国というのは東アジアにおいて政治のみならず美術史においても多大なる影響を与えてきたとの思いを新たにした。 今回のチラシ以外の写真は展覧会ページより引用。


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