アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝 / 表慶館

2018/01/23 - 2018/03/18

  • 『緑豊かな大地だったアラビア!』アラビアの道~サウジアラビア王国の至宝~ (2018年1月23日~5月13日)

    東京国立博物館に出かけた。本館を出たときに、「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」が会期を延長して、しかも無料で開催中という案内。つい最近まで有料で開催されていたはず。何故に?と疑ったが、何せ無料に弱いわが家、ありがたくこのチャンスを有効に活用させて頂いた。 つい先だって(4月12日)のナショナルジオグラフィックのニュースでは、「アラビア半島で8.8万年前の人骨、定説より古い・・・人類はこれまで考えられていたより早く、広く拡散していた」と報じている。(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/041100162/)更に、「そこは豊かな草原地帯で、雨期が来るたびに緑が芽吹き、数多くの淡水湖が点在していた。アラビア半島の砂の中からはこれまでに、カバをはじめ、アフリカにすむ水生および半水生哺乳類の存在を示す証拠が見つかっている。このほか石器が見つかっており、人類がアラビア半島にいたらしいことはわかっていたが、人類の化石そのものが出土したことはなかった。」とも。 この発見の考古学的意味は大きいが、ここではアラビア半島が肥沃な土地だったと言うことを初めて知った、我が無知を押さえておきたい。 写真1枚目のパンフレットに移っている石像は、紀元前3500~同2500年頃のもので、このころアラビア半島全土で人々の活動があったと言うことだ。 写真の2枚目は、パンフレット裏面にあった。ガァバ神殿の扉。オスマントルコのスルタンからのもので、1635か1635年のもの。 写真の3枚目は、「アブドゥッラ-の息子アッバース」のものという解説の付いた墓碑。こうした墓碑の中にはアラム語で書かれているものもあった。懐かしく思った。アラム語は古代のこの地域などで使われていた、それも公用語的に近い使われ方。今なお使用している地域が幾つか存在する。イスラエル旅行で、アラム語を話す村というものの見学をしたことがあった。イエスもアラム語に近い言葉を話していたと言われている。 写真の4枚目左は、初代のサウジ王が使ったものの展示の中にあった刀。おそらくは腰につけていたのだろう。これは少なくともイエメンでは現在でも成人男子の象徴のような存在。イエメンと言えば、サナアの高層建築を思い出す。今回の展示品の中にも、4枚目右の石版に同じような高層建築を描いたものがあった。