奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

2019/02/09 - 2019/04/07

  • 『師辻惟雄氏への山下裕二氏のオマージュとしての展覧会』奇想の系譜展その2 (2019年2月9日~2019年4月7日)

    奇想の系譜展に先月に引き続き行きました。後期作品を見るためです。こうした行動は、私としては珍しいです。と、格好のよい言い方をしましたが、何のことはありません・・・白状すれば、会期の中に二度シルバーデーが入っていたから。 先月(その1)でも書いたように、辻惟雄氏が『奇想の系譜』を表された時代に於いては、今回の6人は『奇想』だったわけですが、若冲見て「いいなぁ」と思った私にとって、「奇想」こそが日本画なのです。だから、今回はわくわくで二度も見に行きました。これは本当の話。 ところで、日美や直前の日に若冲クイズ特番が放送された影響か、当日は大混雑でした。前回よりも少し早い時間に行ったにもかかわらず、順番はその三倍以上も後の方でした。開門時には相当の長蛇の列になっておりました。今回私たちは12時前には東京都美術館を後にしましたが(前期で見た作品はさらっと飛ばしたので)、その時の待ち時間は40分でした。私もそうでしたが、何でも良いから、きっかけが大事だと思います。でも、今回の会場は比較的会話なども小さな声で、落ち着いて鑑賞が出来ました。 余談ですが、この日は上野動物園の開園記念日(無料公開日)とも重なり、上野には二つの列が早朝出来ておりました。 今回の目玉は、会期の後半に出品された、曾我蕭白『群仙図屏風(文化庁)』だと決めて見に行きました。これだけ有名な作品でも、重文。まだまだ一般的にはアウトローは『奇想』であることには変わりの無いということなんでしょうか。ちなみに、国宝の画家は岩佐又兵衛(『洛中洛外図屏風』)だけです。又兵衛は重文指定の作品も多く、8人の中では群を抜いています。 なお。今回もこのページの規格に従って3つの作品を選んびましたが、前回を含めて私のベスト6と言う訳では無く、後期出品作を中心に選んだ3作品です。とはいえ、やはり曾我蕭白のインパクト度は強かったのかも知れません。 メインの写真はパンフから。

  • 『師辻惟雄氏への山下裕二氏のオマージュとしての展覧会』奇想の系譜展その1 (2019年2月9日~2019年4月7日)

    辻惟雄の「奇想の系譜」を下敷きにした展覧会。山下裕二氏は様々な日本美術シーンのプロデューサーとしても活躍をされているが、ことある毎に師の辻惟雄氏について言及する。今回は、そして直球勝負で監修をしている。「奇想の系譜」の具現化は、師弟の喜びとするところだろう。 三島由紀夫の著書「美徳のよろめき」で「よろめき」は本来の意味に新たな意味を加えた。同様に、辻惟雄は「奇想の系譜」に於いて、「奇想」とは『普通では思いつかない考え。奇抜な思いつき。』(日本国語大辞典)が本来の意味だろうが、日本美術に於いては「革新性」とか「現代性」とでも言うべき意味合いを付け加えることになったと思う。明らかに、「奇をてらう」を超越したものだと思う。奇想の系譜とは、革新性の追求者列伝と言い換えられるのではないか。表紙にあるアバンギャルドとして理解して良いかと思う。奇想と表現することが奇想だった。 私が日本美術を見るきっかけになったのは、若冲。だから若冲は奇想ではない。あえて言えば、動植綵絵。私には、超絶技巧という言葉がしっくりする作品。いい加減な倍率の写真ではとうていディテールを表現出来ない作品。2016年の今回と同じ東京都美術館における『動植綵絵』+『釈迦三尊図』三十三幅が展示された様は、感動ものだった。私は、若冲から日本画を積極的に見るようになった人間で、今回はその意味では、江戸時代のアバンギャルドグループ展を見に行ったと言うことに過ぎない。 シルバーデーで無料入場。開門も若干早かった。確かに鑑賞数は多いものの、激混みと言うほどでは無かった。解説の無い作品の多くは、割合とじっくり鑑賞出来た。扉が開いて直ぐに入って、13時少し前まで見ていたが、観覧者の列は途切れることは無かった。 ガイディングレシーバーの小林薫は、落ち着いた声で聞きやすく好感が持てた。 ただ、例えば、「ジョー・プライス」が何者で、今回の展覧会にどう寄与したとか、そうした類の解説も『葡萄図』の中に入れるなどの工夫が欲しかった。 残念な展示は、長沢芦雪の「方寸五百羅漢図」およそ3㎝四方の中に、象に乗った(象に跪いて立っているようにも見える)釈迦を中心に五百羅漢を描いた作品。多くの参観者は実作品では無く掲示された拡大写真を見ることしか出来ない。拡大鏡等を使って、展示できたら良かったと思った。 メインの写真はパンフから。