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norinori's ノート

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  • 『<叫び><マドンナ> 再び』ムンク展 (2018年10月27日~2019年1月20日)

    「叫び」来日を心待ちにしていた。第三水曜日、東京都美術館の65才以上無料観覧日に出かけた。若冲の時とは言わぬが、あと二回チャンスがあるにも関わらず、長蛇の列に。前回前々回の「藤田嗣治」「プーシキン」よりシルバーデー的には人気が。出遅れた感はあったが、「叫び」の部屋に急いだ。 「叫び」は、近くで見る人は列をとめないようにして前列で鑑賞、じっくり見たい人はその後ろで鑑賞という形。我々が最初見た時には、列もほとんど無く、後方でかぶりつき状態で鑑賞出来た。11時過ぎに見に行くと、やはり相当の混雑に。叫びの中では一番新しい作品か。 盗難の過程で傷つけられた作品と言うが、素人目には全く分からなかった(後に日美で見ると顔の辺りに傷があったがこれか?)。同じ場所に「絶望」もあった。何れも外との隔絶感は漂ってはいたが、叫びは未だ生命感が残っている感じで、絶望はもはや奈落の底で夾雑物としての音さえ聞こえないという風だった。 「マドンナ」は怖い絵展以来の対面。マドンナは油彩画と石版画のバージョンがある。個人的には前者の方が早いと思っている。すべて石版画のバージョンが来ている。怖い絵展の大原のも …

  • 『鑑真の魂は故郷の薫風を感じ、安らぐ』東山魁夷展 (2018年10月24日~12月3日)

    東山魁夷とは、国立近代美術館の通常展以来の対面。今回は、「緑響く」の実物と「唐招提寺御影堂壁画(主にふすま絵)」を見に行ったと言っても過言では無い。 緑響くは、農業用ため池「御射鹿池」を題材にしたもの。 御射鹿池に行ったことがある。道のどん詰まりで、大型バスのUターンまで出来る観光地に今やなっている。 向こう岸に果たして悠然と(絵的には忽然と)白馬が歩くスペースがあるかどうかは怪しい(それほどに木々の緑が緑色の池に映り込む状況が素晴らしい)けれども、そして少し木々の高さが画の方が低い(たぶん現在は成長している?)けれども、画を知っていて風景に感動するという珍しい体験をした。 それくらい画はそのリアルさを表現している。白馬が魁夷の目の奥には実際に映ったのだろう。それは必然をもって、ゆっくりと歩を進めている。 会場で印象に残った作品の一つは「花明り」。「京洛四季」の一つだという。 浅学を披露することになるけれど、魁夷の作品としては「桜」は珍しいように思えた。円山公園の有名なしだれ桜を題材に取った作品のようだが、今風に言えばドローンで少し上空の視点から描いたような作品。月 …

  • 『「視神経の冒険」とは?』ピエール・ボナール展 (2018年9月26日~12月17日)

    サブタイトルは、『いざ、「視神経の冒険」へ』となっている。 目がとらえた形や色がものとして意味をなす以前の「なまの見かた」を絵にする試みを、ボナールは手帖に「絵画、つまり視神経の冒険の転写」と書きつけています。 ・・・と解説にある。 いろいろな人の説明をウエブでみても、印象派との違いが今ひとつぴんとこなかった。少しわざと焦点を外して(半ばぼーっとした状態)画角全体の雰囲気を把握させようとする絵画的表現が点描画を中心とした印象派で、ぼーっとする以前のもっと以前、つまり自動焦点装置の付いたカメラが合焦する直前の状態(視神経の第一印象?)がボナールの目指したモノなのか? いや「なまの見かた」とも言っているし・・・ 当方の能力の無さが悔やまれる。 いずれにせよ、この時代、写真という機器に写実の世界を半ば奪われた格好の絵画の世界で、写真と対峙せざるを得なかったこの頃の、それぞれの画家が得たアウフヘーベンの結果を描いた・・・そうした画家の一人なんだろうと勝手に理解した。 それにしても不思議なのは、生涯が1867-1947年と言うことは、欧州にいたのだから大人になってから二度の大 …

  • 『青と共に黄色も印象に残った』フェルメール展 東京(2018年10月5日~2019年2月3日)

    フェルメールがいっぱいと言うだけで、前売り券のボタンをポチッと押していた。 さて、今回の展覧会は、Making the Difference:Vermeer and Dutch Art と英語では表記。つまりフェルメールの作品をその生きた時代のオランダアートとの対比で見ようという主旨か。 とはいえ、都美術館(2008 7点)の規模や、昨年のルーブル(12点)に迫る作品数が来日するフェルメール作品が中心であることに異論を無かろう。実は今回の展覧会は当日券で2700円と、破格に高い。でも、フェルメール作品数で割ると(今回前後して10作品が来日するが、一度に見られるのは8作品)350円足らずだから、格安とも言えるか? 当日券もあるという状態だったが、特に狭い2階のオランダ絵画部分は激混みだった。あれ以上売ったら売りすぎだろう。 これまで体験してきた展覧会と勝手が違った点がある。①日時指定入場制 ②イヤフォンガイドが無料(海外でたまにある) ③作品一覧では無くて、ブックレットが付いてくる・・・と。ブックレットの文字は大きめで、会場の落とされた照明でも何とか読めた。また、作品横の解説だけ …

  • 『世界遺産登録を目指して』縄文~1万年の美の鼓動 (2018年7月3日~9月2日)

    日本の縄文時代というのは、磨製石器を使ってはいるが金属は使っていないなどの理由で、新石器には分類されるが、未農耕社会であって、世界史的には特徴ある時代なんだそうである。これけっこう重要なポイントだと思うけれど、高校時代に学んだのだろうけれどとっくにどこかに置き忘れてきてしまった。 縄文時代の区分は、主に土偶を含む土器の形式によって6つの時代に分けられている。この一番最初の時代区分は1万5千年前後まで遡る。おおよそ、そこいら辺りからして、世界遺産登録申請が開始されたのだろうと考えている。実は私はけっこう世界遺産マニア。これが登録されれば、自動的に行ったところが拡張できるかも知れない期待感を持っている。 さて、実はそういいながら、白状すれば、表紙のパンフレットのコピーの有名な遮光器土偶が、国宝だとばかり思っていた。浅学のそしりは受けるものの、しかしそれでもなおみっともなく抵抗すれば、土偶といえば、なっんと言ってもこの遮光器土偶だ。たぶん中学校や高校の教科書にも出てきたと記憶している。誰が何言おうと、私にとってのThe土偶はこれだ。 今回第一会場は昔ながらの展示であまり感心 …

  • 『日本における独特の発展』マジック・ランタン~光と影の映像史 (2018年8月14日~10月14日)

    『近年注目を集める、プロジェクション・マッピングやパブリック・ヴューイングなど、人々がひとつの映像を一緒に見るという行為は、いつ、どのように生まれ、我々の社会に定着するようになったのでしょうか。スクリーンや壁に映像を投影する「プロジェクション」という行為は、映画の発明よりはるか以前に、映写機やプロジェクターの原型にあたる「マジック・ランタン」という装置の発明により、世界中に広がりました。本展では映像の歴史を、プロジェクションの歴史という視点から見直し、さらに気鋭のアーティスト・小金沢健人の新作を紹介するなかで、マジック・ランタンの現代性に光を当てることを試みます。』とパンフの裏にある。 歴史から言うと、江戸後期と明治初期の二度の時代に日本にそれは渡ってきたという。そして、それが興業として、成立していった。 その昔、灯心で明かりを採っていた時代。フィルム部分はガラスに画を描いていた時代。その頃の話が面白かった。 今回はパンフの表面しか写真ありません。 いわば、投影の黎明期の話。残念なのは、その具体物が乏しかったことだ。 つい最近まで(今もそうなのかも)伝えてきた人々 …

  • 『委ねられているようでもあり導かれているようでもあり』夢のかけら (2018年8月11日~11月4日)

    『TOPコレクションは、東京都写真美術館の収蔵作品を紹介する展覧会です。今年のテーマは「たのしむ、まなぶ」。夏から始まる第二期は、「作品」という名の夢のかけらを手がかりにして、自由で、新鮮な驚きのある作品体験へと観客の皆様を誘います。この展覧会は、大人と子供、さまざまな立場の人たちが見たものや感じたことを自由に語りあって、作品の見方を深めていく、そんな光景が自然と生まれてくることを目指しています。作品から読み取り、感じ取ることのできる数々の夢や想い、それから過去の記憶。想像力を働かせ、感覚をクリァにして、数々のイメージを体感し、その魅力を探してみて下さい。』と、パンフにある。 しかしこれも少し難しいところもある。なぜなら展覧会そのものが一つの二次的な作品だから。意図というものがないわけでもない。 というのも、ここのところなんどかTOPにシルバーデーをいいことに通っているが、作品群の中には、既知のモノもあるからだ。当然それらは、より深くもなり得るが、また初見でない分、夾雑物がつきまとう。新鮮さは無い。 表紙の写真はジャック・アンリ・ラルティーグと言う人の作品。超有名な写真家だが …

  • 『嗣治がfoujitaになった軌跡の展覧会』没後50年藤田嗣治展 (2018年7月31日~10月8日)

    藤田の作品鑑賞の経験のほとんどは、数度のポーラ美術館での鑑賞。それと、ランスにある夫妻が建てかつそこに眠る「シャぺル・ノートル=ダム・ド・ラ・ペ」を訪れた際の教会内部の作品が、強く記憶に残る。比較的多作の人だったと言うこともあろうし、また最後の妻がフランスに多くの絵画を寄贈していることもあるからだろう、作品は内外を問わず多数存在する。だから鑑賞機会は多い。 ポーラの経験は、ポーラの持っている作品の傾向によるものが大だろうが、乳白色の独特な世界の人という程の知識であった。 遺作とも言うべき教会内陣の記憶はややあやふやなところも正直あるが、もう閉館時間を過ぎていたにも関わらず、快く招いてくれた,管理人の優しさの印象が残っている。小さな礼拝堂だが、内部には紛れもなくfoujita世界で満ちあふれていた。 そして一番最近で強烈な記憶に残るのが、国立近代美術館で見た戦争画。強烈だった。しかし、戦争賛美者というかつての画壇のレッテルとはちがって、反戦の絵画なのか戦意高揚の絵画なのか、判じ得ない作品という印象だった。 さて、展覧会のポスターには、「私は世界に日本人として生きたいと願う …

  • 『日本に福島原発事故博物館は出来るのか?・・・暗い思い』ウクライナ国立チェルノブイリ博物館

    お断り:人体展などもここで扱える範囲と考え、ここに掲載します。 ウクライナ・モルドバ・ベラルーシ等を周遊する旅行で「ウクライナ国立チェルノブイリ博物館」を訪れました。チェルノブイリの事故を後世に伝えるための博物館です。 この訪問時の日付は、2018年6月9日でした。 最初に訪問日時を書いたのには、訳があります。消防署を改装して博物館が開館したのは、「1992年4月26日」。事故が起きたのは、「1986年4月26日」。福島原発事故が起きた日は、「2011年3月11日」。あれから既に7年が経過しています。 福島原発事故を直視し、二度とこのような事故が起こらないと誓うための博物館が日本に出来ないのでしょう?もちろん1991年のウクライナ独立という体勢の転換を抜きにしては語れないとは思いますが、私はこの博物館を訪れて、その成立年に驚かされると共に、日本の厳しい現状、ある意味では自らが恥ずべき現状に、暗い思いをいたしました。 周遊旅行の限られた時間ではありましたが、所狭しと膨大な資料が並べられた館内展示には、圧倒されるものがありました。 そしてこの博物館のすごさは、日本語のガイデ …

  • 『回向院のしゃれたプレゼント』二日間だけの鳥居清長と隅田川の夏展 (2018年5月19日~20日)

    回向院の回向とは明暦の大火に由来する。爾来、回向院はストライクゾーンの広い寺であったらしい。鼠小僧の墓などもある。その弔われている一人に、鳥居清長がある。しかしながら、鳥居清長の墓は現在特定されていない。代わりに平成25年4月に鳥居清長碑が立てられている。 そして、『(建碑)以降、毎年鳥居清長法要と鳥居清長と彼の作品を広く人々に伝えていこうと「鳥居清長忌展覧会」を開催しております。』ということで、今回の『二日間だけの鳥居清長と隅田川の夏展 』が回向院念仏堂にて開催された。 私たちは、東京メトロのウオーキングイベントで後楽園から錦糸町まで歩いたついでに、一つお隣の両国駅近くの回向院を訪れた。歩いている最中浅草を通ったが、丁度三社祭のさなかで多くの法被姿の氏子を見たが、ここ両国では夏場所の最中で、若い力士が駅や道路に見受けられた。回向院近くでも同様だった。因みに現在の回向院脇(当時は回向院の寺域)で勧請相撲がかつて行われており、両国の相撲の発祥の地とも言える。 日本画の中で、浮世絵というのは、もっとも光に弱いものという。そのために、念仏道は暗幕で囲われていて、中の照明はか …