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norinori's ノート

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  • 『世界遺産登録を目指して』縄文~1万年の美の鼓動 (2018年7月3日~9月2日)

    日本の縄文時代というのは、磨製石器を使ってはいるが金属は使っていないなどの理由で、新石器には分類されるが、未農耕社会であって、世界史的には特徴ある時代なんだそうである。これけっこう重要なポイントだと思うけれど、高校時代に学んだのだろうけれどとっくにどこかに置き忘れてきてしまった。 縄文時代の区分は、主に土偶を含む土器の形式によって6つの時代に分けられている。この一番最初の時代区分は1万5千年前後まで遡る。おおよそ、そこいら辺りからして、世界遺産登録申請が開始されたのだろうと考えている。実は私はけっこう世界遺産マニア。これが登録されれば、自動的に行ったところが拡張できるかも知れない期待感を持っている。 さて、実はそういいながら、白状すれば、表紙のパンフレットのコピーの有名な遮光器土偶が、国宝だとばかり思っていた。浅学のそしりは受けるものの、しかしそれでもなおみっともなく抵抗すれば、土偶といえば、なっんと言ってもこの遮光器土偶だ。たぶん中学校や高校の教科書にも出てきたと記憶している。誰が何言おうと、私にとってのThe土偶はこれだ。 今回第一会場は昔ながらの展示であまり感心 …

  • 『日本における独特の発展』マジック・ランタン~光と影の映像史 (2018年8月14日~10月14日)

    『近年注目を集める、プロジェクション・マッピングやパブリック・ヴューイングなど、人々がひとつの映像を一緒に見るという行為は、いつ、どのように生まれ、我々の社会に定着するようになったのでしょうか。スクリーンや壁に映像を投影する「プロジェクション」という行為は、映画の発明よりはるか以前に、映写機やプロジェクターの原型にあたる「マジック・ランタン」という装置の発明により、世界中に広がりました。本展では映像の歴史を、プロジェクションの歴史という視点から見直し、さらに気鋭のアーティスト・小金沢健人の新作を紹介するなかで、マジック・ランタンの現代性に光を当てることを試みます。』とパンフの裏にある。 歴史から言うと、江戸後期と明治初期の二度の時代に日本にそれは渡ってきたという。そして、それが興業として、成立していった。 その昔、灯心で明かりを採っていた時代。フィルム部分はガラスに画を描いていた時代。その頃の話が面白かった。 今回はパンフの表面しか写真ありません。 いわば、投影の黎明期の話。残念なのは、その具体物が乏しかったことだ。 つい最近まで(今もそうなのかも)伝えてきた人々 …

  • 『委ねられているようでもあり導かれているようでもあり』夢のかけら (2018年8月11日~11月4日)

    『TOPコレクションは、東京都写真美術館の収蔵作品を紹介する展覧会です。今年のテーマは「たのしむ、まなぶ」。夏から始まる第二期は、「作品」という名の夢のかけらを手がかりにして、自由で、新鮮な驚きのある作品体験へと観客の皆様を誘います。この展覧会は、大人と子供、さまざまな立場の人たちが見たものや感じたことを自由に語りあって、作品の見方を深めていく、そんな光景が自然と生まれてくることを目指しています。作品から読み取り、感じ取ることのできる数々の夢や想い、それから過去の記憶。想像力を働かせ、感覚をクリァにして、数々のイメージを体感し、その魅力を探してみて下さい。』と、パンフにある。 しかしこれも少し難しいところもある。なぜなら展覧会そのものが一つの二次的な作品だから。意図というものがないわけでもない。 というのも、ここのところなんどかTOPにシルバーデーをいいことに通っているが、作品群の中には、既知のモノもあるからだ。当然それらは、より深くもなり得るが、また初見でない分、夾雑物がつきまとう。新鮮さは無い。 表紙の写真はジャック・アンリ・ラルティーグと言う人の作品。超有名な写真家だが …

  • 『嗣治がfoujitaになった軌跡の展覧会』没後50年藤田嗣治展 (2018年7月31日~10月8日)

    藤田の作品鑑賞の経験のほとんどは、数度のポーラ美術館での鑑賞。それと、ランスにある夫妻が建てかつそこに眠る「シャぺル・ノートル=ダム・ド・ラ・ペ」を訪れた際の教会内部の作品が、強く記憶に残る。比較的多作の人だったと言うこともあろうし、また最後の妻がフランスに多くの絵画を寄贈していることもあるからだろう、作品は内外を問わず多数存在する。だから鑑賞機会は多い。 ポーラの経験は、ポーラの持っている作品の傾向によるものが大だろうが、乳白色の独特な世界の人という程の知識であった。 遺作とも言うべき教会内陣の記憶はややあやふやなところも正直あるが、もう閉館時間を過ぎていたにも関わらず、快く招いてくれた,管理人の優しさの印象が残っている。小さな礼拝堂だが、内部には紛れもなくfoujita世界で満ちあふれていた。 そして一番最近で強烈な記憶に残るのが、国立近代美術館で見た戦争画。強烈だった。しかし、戦争賛美者というかつての画壇のレッテルとはちがって、反戦の絵画なのか戦意高揚の絵画なのか、判じ得ない作品という印象だった。 さて、展覧会のポスターには、「私は世界に日本人として生きたいと願う …

  • 『日本に福島原発事故博物館は出来るのか?』暗い思い

    お断り:人体展などもここで扱える範囲と考え、ここに掲載します。 ウクライナ・モルドバ・ベラルーシ等を周遊する旅行で「ウクライナ国立チェルノブイリ博物館」を訪れました。チェルノブイリの事故を後世に伝えるための博物館です。 この訪問時の日付は、2018年6月9日でした。 最初に訪問日時を書いたのには、訳があります。消防署を改装して博物館が開館したのは、「1992年4月26日」。事故が起きたのは、「1986年4月26日」。福島原発事故が起きた日は、「2011年3月11日」。あれから既に7年が経過しています。 福島原発事故を直視し、二度とこのような事故が起こらないと誓うための博物館が日本に出来ないのでしょう?もちろん1991年のウクライナ独立という体勢の転換を抜きにしては語れないとは思いますが、私はこの博物館を訪れて、その成立年に驚かされると共に、日本の厳しい現状、ある意味では自らが恥ずべき現状に、暗い思いをいたしました。 周遊旅行の限られた時間ではありましたが、所狭しと膨大な資料が並べられた館内展示には、圧倒されるものがありました。 そしてこの博物館のすごさは、日本語のガイデ …

  • 『回向院のしゃれたプレゼント』二日間だけの鳥居清長と隅田川の夏展 (2018年5月19日~20日)

    回向院の回向とは明暦の大火に由来する。爾来、回向院はストライクゾーンの広い寺であったらしい。鼠小僧の墓などもある。その弔われている一人に、鳥居清長がある。しかしながら、鳥居清長の墓は現在特定されていない。代わりに平成25年4月に鳥居清長碑が立てられている。 そして、『(建碑)以降、毎年鳥居清長法要と鳥居清長と彼の作品を広く人々に伝えていこうと「鳥居清長忌展覧会」を開催しております。』ということで、今回の『二日間だけの鳥居清長と隅田川の夏展 』が回向院念仏堂にて開催された。 私たちは、東京メトロのウオーキングイベントで後楽園から錦糸町まで歩いたついでに、一つお隣の両国駅近くの回向院を訪れた。歩いている最中浅草を通ったが、丁度三社祭のさなかで多くの法被姿の氏子を見たが、ここ両国では夏場所の最中で、若い力士が駅や道路に見受けられた。回向院近くでも同様だった。因みに現在の回向院脇(当時は回向院の寺域)で勧請相撲がかつて行われており、両国の相撲の発祥の地とも言える。 日本画の中で、浮世絵というのは、もっとも光に弱いものという。そのために、念仏道は暗幕で囲われていて、中の照明はか …

  • 『写真はモノクロームだと思った』たのしむ、まなぶ イントゥ・ザ・ピクチャーズ (2018年5月12日~8月5日)

    東京都写真美術館は、都民の私にとっては、誇らしい美術館だ。写真美術館の草分けであるからだ。他の追随を許さないと言ってもよいと思っている。というか、本来国立でやるべきなのかも知れないだろうものを、東京都が担っていると言ってもよいのではとさえ思っている。その東京都写真美術館が、収蔵作品を紹介する展覧会をやっている。今年のテーマは「たのしむ、まなぶ」。 この展覧会、たぶんギャラリートークなどに参加した方がより良いと思える展覧会。浅学な私にとっては、個人の努力よりは、補助がいた方が分かりやすい感じがする。そういう時間でなくとも、バックアップするためか、「異常」と言ってはいけないかも知れないけれど、多くの学芸員が配置されていた。いや、自分たちで企画構成したためだろうか、配置されている(椅子などに座っている)方だけでなく、外に場内を歩いていたり、写真を撮っている方さえいた。声もかけて頂いた。 実際に、高度成長期前期の日本の都市過程の標準的とも思える台所の写真を、高校生とおぼしき数人に解説している学芸員がいた。解説というのは正しくないかも知れない。「貴方がここに今いたら何をしたいですか …

  • 『霊峰飛鶴は素晴らしいと思った』生誕150年 横山大観展 (2018年4月13日~5月27日)

    まぁ日本画壇の重鎮の作品展も見に行かないと・・・という思いで参観。大観の生年は明治元年。明治150年の今年は生誕150年。その記念の年に開かれた展覧会。 洋画にどちらかと言えば慣れ親しんでいるからか、先に東博の「名作誕生」で一定日本美術を学んだ学び方に難があったのか、強い感動を覚える作品は少なかった。 画の着想や、アイディア勝負のところが目立つ感じがした。まぁ画家というのはそういうものだと思うけれど(モジニアリの画は誰が見てもモジニアリ)。 それにしてもベタすぎる。 目玉の一つ「夜桜」の松。松葉を丁寧に一本一本描いている。でもそれは単眼鏡の世界。松葉だって、それぞれ表情があるだろうに、同じ色同じ体裁で、途方もない数の松葉を描く。遠くから見れば緑の塊。点描でもない。単にパーツとしての篝火。 対になる「紅葉」の紅葉葉の方がづっと風情があった。 特徴の「片ぼかし」も作品解説にもあったが、一つの作品に執拗に繰り返す。何故だろう。 一番感動したのは「霊峰飛鶴」。鶴がスタンプじゃない。85歳位の作品。飛んでいる鶴にそれぞれの個性を感じた。風情があった。鶴に意思を感じた。鶴さえ …

  • 『実はキュビズムと決別していた?! ブラック』ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容 ―メタモルフォーシス (2018年4月28日~6月24日)

    ブラックというと、茶色を基調としてキャンバスにキュビズムで表現する画家というイメージ。そして、どうしてもついて回る、「ピカソと共にキュビズムを創始・・・」という形容詞。あまり「ブラックと共にキュビズムを創始・・・」という表現はピカソには使われない。まぁ、浅学な私の知識は、この程度のもの。 事情があって、新橋で空いた時間が出来たので、展覧会を訪れることにした。 汐留ミュージアムには前売りのシステムが無いように思う。しかしここには高齢者割引と、ウエブ上での割引券が併用できるという、ありがたいシステムがある。これを利用して、二度目の訪問となった。 このミュージアム、私にはどうしても金持ちの道楽の風がつきまとう。客集めに奔走している風はない。それでも、偶然だが、この日は前回同様に、ポストカードを頂ける日であった。(2枚目の写真) さて今回は、ブラックが本当の最晩年に「ジュエリークリエイターのエゲル・ド・ルレンフェルドと共同」で手がけた、ジュエリー作品を中心とした展覧会で会った。しかも、後半生の作に良く用いられた「鳥」をテーマにしたものが多かった。3枚目の写真は、「青い鳥、ピカソ …

  • 『日本美術の講義を拝聴している気分』名作誕生-つながる日本美術 ~ 創刊記念『國華』130周年~ (2018年4月13日~5月27日)

    小学校から高等学校の10年間の美術教育の中で、今どの程度日本美術に割かれてるのだろう? 自身の記憶はもう50年近くも前なので怪しいが、例えば水墨画を描いた記憶はない。学校教育のせいとは言わないが、自身の展覧会鑑賞も、その多くは西洋美術が占める。 そのような私にはまたとない、日本美術の敷居を幾分かでも下げることの出来た展覧会だった。 全体は、「第1章 祈りをつなぐ」「第2章 巨匠のつながり」「第3章 古典文学につながる」「第4章 つながるモチーフ/イメージ」の4部構成。全体が緩やかではあるが、歴史を軸にしている。その中で、ケースワークのような仕掛けを作っている。例えば第一章では普賢菩薩が取り上げられていて、普賢菩薩の祈りの姿に二大潮流(右手念じ左手蓮茎型と合掌型)があり、合掌型は後年盛んになり、やがて法華経(普賢菩薩は法華経を護持する者の仏)の女人成仏と深く結びついた形で絵画が興隆していった姿が、鑑賞を通じて得られるようになっていた。ちなみに、「仏画のお約束では、向かって右が東。普賢菩薩は東の方にある浄妙国土から現れると経典にあるので、多くの仏画では右から来たように描かれる。」( …