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norinori's ノート

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  • 『待った時間が長かったけれど・・・』ロンドン・ナショナル・ギャラリー展(2020年6月18日~10月18日)

    以前見た、「怖い絵展」で話題となった「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を所蔵する、ロンドンナショナルギャラリー。この展覧会は、2020年3月3日に開催され6月14日に閉展する予定だった。これを狂わしたのは、コロナ禍。もう、開催されないのではとはっきり言えば思っていた。おまけに、今回運悪くというか、絵画展で初めて電子チケットにした。悶々として、返金処理の指示を待っていた。それが、関係者の努力があった成果だろう、会期をずらしての開催の運びになった。 ロンドン・ナショナル・ギャラリーの前宣伝はすごかったし、youtubeでも何種類も解説ビデオが流れていた。さらに言えば、混雑が予想されるだろうと、藝大の「あるがままのアート」を見に行った際に、入場方法の事前チェックと図録購入をした。最近、本棚がやばいことになってきたので、図録も抑制的に購入しているのだが、購入した。 総じていえば、今回の展覧会は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーのカタログみたいな展覧会だったと思う。ロンドン・ナショナル・ギャラリーが誇る名品というよりは、例えば「イギリスにおけるフランス近代美術受容」と名付けられたセクションでは、 …

  • 『創作は人生そのものと思わせる国際派たち』あるがままのアート −人知れず表現し続ける者たち− (2020年7月23日~9月6日)

    東京芸術大学は、日本における芸術分野の学窓としてはその頂点にたつと思う。私の周りには、東大卒はいるが、芸大出の方は知らない(お子さんが芸大出のお母さんは知っているが)。私にとってのエリート感はより強い。おそらくは、そうした旗手である意識を多くの芸大の学生や教師集団は持っていることだろう。 ただ、そうした人たちも、自身の創作行為が必ずしも芸術的であると言うことには無関心な人たちもいることだろうと思う。結果的に、創作者周辺かあるいは鑑賞者が芸術的と感じることはあったとしても。 そうした、創作そのものをまさしく自己目的化しているか、あるいはそれすら意識せずに創作をしているだろう人たちの展覧会が、芸大で開かれることの意義は、素人目にも大きいモノがある気がする。 表紙の写真は澤田真一氏の作品。ブツブツが特徴だが、氏が18歳頃から作り始めた創作手法だと。今でもそうらしいが、それまでは動くモノの模型をもっぱら制作していたらしい。したがって、40代になろうという歳ではあるが、30年を超える創作歴で相当長いものがある。 作品は遙か昔、村の境に、魔除けとして並べた鬼のようでもある。顔がモチーフのモノが多 …

  • 『代表作を一同に』大浮世絵展~歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演~ (2019年11月19日~2020年1月19日)

    第三水曜日、東京都関連美術館65歳以上無料の日に行った。あいにく総武線が人身事故?の為に遅れていたせいもあろうが、大混雑とはならなかった。 今回は、歌麿、写楽、北斎、広重、国芳の作品が、名作30点程度ずつを紹介する形の展覧会。 海外からの一時帰国組も数多くある。一時帰国ものを中心に見た。 筆者のような初心者には、ベーシックな部分を押さえておくという意味でも、価値ある展覧会であったと言える。 それにしても、これらの作者の外に、彫り師や刷り師が、隠れた作者だと思わざるを得なかった展覧会でもある。歌麿の「青楼仁和嘉女芸者之部唐人獅子角力」の唐人の帽子を透けて見える髪の毛など、彫り師の技量が問われるところだ。 また広重の「東海道五拾三次之内日本橋朝之景」の朝焼けのグラデーションはたまらない。 逆に言えば、国芳の頃にはこうしたテクニシャンが減ってきたのだろうか?お得意のマルチ画面の作品の位置や色の食い違いが目立つ。 以下では、歌麿、写楽、国芳から各一点ずつを選んだので、北斎と広重について少し触れておきたい。 北斎について言えば、ミネアポリス美術館からの一群の作 …

  • 『質の高い個人コレクション』コートールド美術館展~魅惑の印象派~ (2019年9月10日~12月15日)

    正直言って、コートールド美術館展をなめていた。 だいたいこの名前すら知らなかったのだ。深く恥じ入る次第である。 目玉のマネの「フォリー=ベルジェールのバー」はどこか画集か何かで見たような気がするし、センザンヌの「カード遊びをする人々」はしっかり記憶に残っているがオルセーで見ている。まぁ、そんな感じで見に行った。 日美後のシルバーデーは長蛇の列。でも中は混んではいたが、激混みではなかった。作品の点数が少ないことが幸いしていたと思う。最近は、100点を超えるような展覧会が多いが、60点ほどで、作品と作品の間に適度な空間があった。こう言っては失礼だが、勢い解説を読まれる方が多くいるので、作品の解説側の反対からは読んだ人が移動するスペースさえ空けておけば、並ばなくてもかなりゆったり鑑賞出来た。もちろん我々は第一パートは飛ばして、第二パートからゆったりと見学をした。 ゆったり感は、作品が厳選されていると言うこととともに、比較的作家が一塊になる配列だったコトも寄与しているように思う。 今回の展覧会の、印象派~新印象派~ポスト印象派の作品群について、質に於いて目を見張るもの …

  • 『「創立者」の特別展にしてはもうちょっとと思ってしまった』国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展 (2019年6月11日~9月23日)

    松方幸次郎という人物がこの世に存在しなかったら、国立西洋美術館は世に生まれ出たとしても、コルビジェの設計にもならなかったろうし、全く違ったものになっていたと思う。 だから、今回の特別展は、特別展の中の特別展だった。 鑑賞も重要だったが、それとともに国立西洋美術館誕生史としての側面を持つ展覧会であったとも言える。その意味で、メモを書く。 出品点数に不満は無かった。しかし幾つか不満があった。一言で言えば、日本博やbeyond2020のための、急ごしらえ感を感じさせた展覧会。 (1)解説が不満。まず文字が小さい。小さすぎる。目の良い人でも、1メートル内外近づかないとダメ。それから位置。作品の流れの上流に付けてくれないと意味が無い。また普段展示されていたり、展示の多い、西洋美術館所蔵の展示の解説は少なくて良いから海外からの、もう二度と来ることはないような作品にこそ解説の労をして欲しかった。 (2)ライティングがダメ。作品を正面からは見ることの出来ないライティングがかなりあった。並べれば良いわけではない。直接手の届かないような高所に設置されている作品にガラスは不要だったはず …

  • 『私のクリムトのイメージの破壊~何も分かっていなかった~』ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道 (2019年4月24日~8月5日)

    国立新美術館の、「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」へ。 クリムトというと、つい先日東京都美術館の特別展「クリムト展」へ行ったばかりだ。 今回の展覧会は、ウィーン・ミュージアムの改修工事に伴い、同館の主要作品をまとめて公開することになったもの。東京展で約400点(大阪の国立国際美術館では約300点)が公開される。 全体が4章に分かれている(*1)。更に各省は細分化され、それぞれに名がつけられていて、まるで事典をひもとくような感じになっていた(ただ作品がそれに応じて展示されていないところもあって少し残念だった)。私たちは、クリムトとシーレの作品を見たい!の思いで、最初にそちらに赴いた。ちなみに、12時前後での入口付近の混雑はさほどなかったので、急がずとも結果的にはゆっくり鑑賞出来たと思われる。 ポスターは「エミーリエ・フレーゲの肖像」。この作品は、当該ウェブページの冒頭を飾ることからしても、ウィーン・ミュージアムを代表する作品の一つ。当日は写真撮影が可能だった。 私たちは、ここにほぼ4時間いた。正直に言えば、椅子に座ってうつらうつらしていたときもある …

  • 『一寸物足りなかった感じかな』クリムト展 (2019年3月26日~6月2日)

    私のクリムトの知識というと、接吻とウイーン分離派の旗手の一人というくらい。ウイーンに行ったが、「分離派会館」は城のような建物の上に載っかっている球体(月桂樹の葉で構成・・・通称「金のキャベツ」)をちらっと見ただけだった。まぁ、この時代(20年くらい前か)は今ほどに美術を見る気分でもなかったので、そのような一般的知識の中での存在でしかなかった。 ところが、今年はクリムトが沢山やってくる。その中でも、この展覧会は「過去最大級」を売りにしているので、東京都美術館の65歳以上無料開放日に出向いた。 展覧会の最初は、クリムトらの写真が並ぶ。自画像を制作しなかった?代替か。 最初に印象に残ったのは、姪ヘレーネのポートレート。6歳と言うが、顔立ちや胸の膨らみがその母への面影なのか、強調されている感じがした。(2番目の写真) さてクリムトと言えば、金。これが日本美術の影響だと、恥ずかしい話し始めて知った。 クリムト自身かなりの日本美術のコレクターだったらしい(証拠の写真もあった)。表紙はユディット1からだが、恍惚感はクラナッハのそれに通ずるものがある感じがした。 また接吻もそうだが …

  • 『立体曼荼羅の世界にもう少し近づきたかった』国宝東寺~空海と仏像曼荼羅~ (2019年3月26日~6月2日)

    平成最後の日、東京国立博物館平成館に向かった。 平成から令和へ変わる祝賀行事関連で10連休になった今年のゴールデンウイーク中で、しかも日美直後で心配したが、混雑はしていたが、大混雑というものではなかった。 今回の特別展のタイトルは国宝東寺。東寺には81点の国宝があるという(日美)。タイトルは矛盾していない。 そして今回の目玉はやはり、立体曼荼羅。我々もルール違反かも知れないが、まずのその部屋(一番最後の展示室)に足を運んだ。 立体曼荼羅は、二次元の曼荼羅の世界を、三次元的に表して、より密教を庶民に分かりやすくしたものと言うことが出来るのだろう。しかしながら、それ故にその展示にいささか疑問が。大日如来が来なかったのは致し方のないこととは言え、東寺の実際の配置からはいささか配置を異にしていた。例えば五智如来。部屋の奥の長辺に大日如来の写真画像を中心に一列に並べられていた。本来は大日を中心にして4体の仏が衛星のように配置されているはず。 もちろん、縦横無尽に背面からも見ることを可能にしていたし、鑑賞者に配慮したそれなりのゆったりとしたスペースも確保されていたが、しかし立 …

  • 『写真の技術は英軍艦と共に日本へ』写真の起源 英国 (2019年3月5日~5月6日)

    歴史的な経緯は不明だが、昨年の「長崎」に続いて、写真黎明期の記録展を東京都写真美術館では行っている。解説冒頭には『日本における写真文化のセンター的役割を担う東京都写真美術館では、毎春、初期写真に焦点を当てる展示を行っており、2019年は「写真の起源 英国」展を開催します。 写真の発明に関する研究は18世紀末から始まり、1839年に最初の技術が発表されることで写真の文化が幕を開けます。英国ではヴィクトリア文化に根ざす貴族社会において、研究が発展し、広く文化として波及します。 』と、この展示の意義を語っている。 今回得た知見は主に二つ。 第一は、写真の技術の伝搬は、比較的早い時期に日本にもたらされたということ。前述のように1839年に生まれた写真は、およそ50年後の1893年には、日本で写真展が開かれるまでに至っている。飛行機がない時代、欧州と日本という地理的に隔絶された場所で、Exhibition of Foreign Photograph が開かれたのは驚きだ。二番目の写真がそれにあたる。(因みに1862年のロンドン万博では写真のセクションがあったそうだ。また日本最古の写真は1 …

  • 『とつとつと大石氏が語りかける反戦詩』大石芳野写真展「戦禍の記憶」 (2019年3月23日~5月12日)

    ここにあるのは「戦禍」の記憶であって、直ちには「戦争」の記憶を意味しないと思う。 歴史年表的な時間の概念で言えば、戦時の写真は一枚も無い。しかしながら、必ずしも戦時写真では無いとも、言えない。なぜなら、写真に登場する人々にとっては、少なくともその時点で、そして多くは今もなお、戦争に直面しているからだ。 写真展ではあるが、写真それぞれにはタイトルでは無く、あるときはいささか長い、多くは短い説明が付いている。そして、その多くは、そこにある大石氏の言葉は、あまり抑揚も無く、感情を押し殺すようにとつとつとした感じで、耳に響いてくる。それがまた、強く心に響く感じがする。 逆に言えば、それがないと少し写真を理解ずるのが難しい。 二枚目の写真は、アウシュビッツを経験した医師。今も医者だが、いまなお医師として仕事をしているが、なおホロコーストの影を背負っている。対人的な面で障害があるらしい。そうした説明を「聞いて」作品を見ると、この医師のメガネの奥にある瞳が、この人の歴史を反映しているようにも思えてくる。 デチャニ修道院(コソボ)と言うところを訪れたことがある。ここは独兵だったと …